悩みの日記。記すは発見。残すは苦悩。

日々の悩みや発見を書き起こし、問題解決の糸口を探る為の日記。

ペンギン

 

ペンギン、という言葉を聞くと息がつまる。

どきりとして、一瞬たじろぐ。冷や汗をかき、キョロキョロとし始める。

 

街中でそんな特徴を持った小太りの男を見かけたら、きっとそれは私だ。

 

森見登美彦のペンギンハイウェイを1ヶ月ほど前に読了した際、私は奇妙な体験をした。そしてその体験は今もなお続いている。

 

ペンギンという言葉を聞くと嫌な気持ちになるのだ。数秒の間、息がつまる程に。

 

ペンギンハイウェイは内容としては面白かったし、森見の表現する奇妙で独特な世界観は私を大いに魅了した。

 

しかし、読了と共に私が得た喪失感はトラウマを呼び起こすのに十分過ぎた。

 

私の持つトラウマは時折、ひょっこりと顔を覗かせては消え去り、落ち着くとまた現れる。

現れる度に私の心臓を握りつぶそうとするのが難点だが、まだ現実にその影を落としてはいないのが救いだ。

 

 

最近はタバコを消費する速度が速くなっている。物語に対する欲は減退している。活発では無いし、長く遠い先を考えるのに苦痛が伴う。

どこに自分がいるのかもわからない。

 

それでも、私もあの少年のように走らなければならないのだ。

素麺を茹でながら、そんなことを考えた夜でした。

 

意味のないモノ発明王選手権

 

最近の私の話をしよう。

 

すこぶる調子が悪い。

不眠気味である。普段なら0時を過ぎると自然と眠気が降りて来て、身体が泥のように重くなる。その時、私の意識は意味のない妄想から夢の世界へ羽ばたいていくのだ。普段なら。

 

最近はそこがうまくいかない。身のない意味のない妄想から夢のなかへ羽ばたく過程がうまくいかない。

 

むやみやたらとタバコを吸いたくなるし、瞼は一向に重くならない。呼吸は苦しい気がして、暑い気がする。隣の部屋の時計はうるさいし、2階から響く足音は私を苛立たせる。

 

眠れない。眠気は、私の眠気はどこへいった。

 

 

 

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私は思い立った。つまらないことをしよう。

学生だった頃、つまらない授業や講義は睡魔との戦いだったではないか。

 

つまらないこと、つまらないこと。

そうだ、意味のないものを作ろう。

炭酸抜きコーラ、何も隠せないふんどし、肉抜きハンバーガー。

まだだ、眠気は来ない。

 

レンズのないサングラス、穴の空いたバケツ、顔の隠れない仮面。

 

多くの意味のないものが生み出された。

そして夜は開けた。睡魔など来る気配もない。

 

 

 

 

 

 

5月23日は「世界亀の日」

全く興味は無いが、5月23日である今日はキスの日だそうだ。ツイッターハッシュタグで初めて知った。私はまた1つ無駄な知識を増やしてしまった。

 

キスする相手もいない私はお口が寂しいのかもしれない。

 

代わりに毎日タバコを吸う。悲しい。

 

 

1日に一箱、20本。

私が吸っているタバコの本数だ。

もちろん健康に悪いことも、自分の生活費を圧迫していることも承知の上で吸っている。

 

私の周囲では加熱式のタバコがその勢力の過半数を占め、ついに紙タバコ派は時代遅れの烙印を押された。

健康に悪いシガレット。だが、それでいい。それでなければダメなんだ。

 

 

なぜ、私はタバコを吸うのか。生きる為であり、それと同時に早く死ぬ為である。

こんなにも生きづらい世の中で、ストレスに押し潰されないように生きるには、タバコを吸うしかない。

そしてそれと同時にこんな生きづらい世の中、さっさと死んで楽になってしまいたいとも思っている。

 

初対面の非喫煙者は体に悪いから辞めろ、と言う。癌になって死んでしまう、と。

 

馬鹿か。逆だ。私はタバコに生かされているんだよ。

タバコを辞めれば、たちまちストレスで膨れ上がり内側から破裂して中身の毒を撒き散らして死ぬ。私にはその自信がある。

 

 

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私はストレスを溜めたくない。だが、それと同時に現状に対して満足したいとも思っていない。

コイントスをした時、必ず表か裏がでる。指でコインを弾き、空中で回転して手の中に再び収まる。その数秒の間に表か裏、どちらかが決まる。

 

今の私は言うなれば、空中で回転し続けたまま手の中へ収まることを良しとしないコインそのものなのだ。

生きる為にタバコを吸い、死ぬ為にタバコを吸う。積極的な生存活動であり消極的な自殺志願。

 

 

可能であるなら亀のようにずっと眠っていたい。

そう思わない日は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

昔の上司をぶっ殺したい

前の職場の上司に出会ってしまった。

法人内の研修の講師でこちら側に来ていたようだ。

 

正直、私は彼に会いたくなかった。恩はあるにせよ私は彼の器の小ささを目の当たりにした唯一の人間だからだ。(そう思ってるのは私だけかも知れないが)

私の彼に対する失望が周囲に漏れるのは可能なら避けたい。

 

言いたいことも話したいことも沢山あったが近くに施設長がいた為、私は逃げるコマンドを選択した。

 

詳しいことは書こうとは思わない。数ヶ月前に彼が私に行った仕打ちも、私が彼へと言った言葉も、何処にも残してはならない類のものだとわかっているからだ。それを今更蒸し返してもお互いに気分を害するだけで何の得にもならない。

 

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連勤5日目を終えて、胃がキリキリと痛む。出勤があと1日もあるのかと思うと嫌になる。

私の職場はカレンダー通りの休みは存在しない。介護の現場に於いて6連勤とは、よほど人員に余裕がない限りありえない数字だと先輩が言っていた。(連勤に関して規定が存在する為。)

 

人に優しくするには、まず余裕が必要だ。6連勤は私の精神を確実に削っているし、この状態で人に優しくなんていうのは鈍感なやつでなければ難しい。

 

今日も胃が痛くて、看護師に太田胃散をもらってしまった。情けない。

 

お茶のトロミはユニフォームにぶちまけるし、人知れず柱にぶつかって肩は痛いし、睡眠の負債は溜まりに溜まって眠いし、イライラして胃は痛い。

踏んだり蹴ったりだ。誰か私を殺してくれ。

 

かと言って仕事は辞められない。転職はリスクが高い。手取りを維持できるかも、新しい職場で馴染めるのかも、場所の問題、生活の変容など。

 

所詮、私はリスクを恐れるチキンだということだ。情けない。

 

 

 

いっそのこと、何もか放り出してハワイに行きたい。噴き出るマグマで焼肉がしてみたい。

ワイキキのビーチで嫌という程に肌を焼きたい。

何だったら昔の上司を餌にして釣りをしたっていい。

まぁそんな時間も金も、存在しないが。

 

誰か、誰でもいい。ブレイクスルーを、私に授けてくれよ。

コーヒー

その時、私は目が覚めたんだと思う。

何が起こったのかと言えば、なんて事はない。

手に持っていたコーヒーカップを壁に叩きつけ、それが中身を撒き散らしながら割れたというだけだ。

 

一体全体、なぜそんなことをしたのか。

気が狂ったのではない。壁にGがいたわけでもない。

 

タバコを持ったまま、コーヒーカップを持ったことでタバコの灰が小指に当たったのだ。思わず腕を振り抜いた。

 

しまった、と思った。

壁に叩きつけられて粉々になったカップを見つめて私は暫くの間、呆然とした。

 

何をやってるんだろう。

 

夜勤明けであったこと、日中一睡もせずに夕方ダーツへ行ったことを鑑みても、やはり私の行動は支離滅裂を極めたものだった。

 

 

カップの破片を片付け、ぶちまけたコーヒーを拭き、大きくため息をついてから思った。

 

気が狂ってるわけでもないのに、コーヒーの入ったカップを壁に叩きつけるのは、いくらなんでも気が狂ってる。

 

明日はプラスチックの割れないカップを買いに行こう。気が狂った人間が、万が一にもカップを壁に叩きつけても割れないように。

カッコイイ仕事って何?

いやー…

ダーツ楽しい。

最近、先輩方にも勝てるようになってきて、オンラインとかでもええ感じなんですわ、ええ。

クリケットは未だに苦手だが、ゼロワンならええ感じで勝ててきてる。以前、言ったように私のオシャンティ数は徐々に上がりつつある。100オーバーでゼロワンあがった時とか絶頂でドヤ顔が止まらなくなる。

 

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ふと我に帰った時、その背後には何時も虚無が立っている。大きくはないがよく響く声で奴は言う。

「明日は仕事じゃけん、はよ帰りや」

 

ダーツブースの隅にある喫煙室へ即座に潜り込み、震える手付きでタバコに火をつける。

吐き出したタバコの煙で幻影を掻き消すと私は独り言を声に出さずに叫ぶのだ。

「今が楽しければそれでいいのだ」と。

 

 

今まで、虚無達は友人といるときは姿を現さなかった。たいていの場合は家に帰った時、部屋の隅で小さく蹲っていることの方が多かった。しかし今年度に入ってからというものの、奴らは時・場所を選ばず現れるようになった。

 

どこへ行って、何をしていても「明日は仕事じゃけん…」と声が聞こえて来る。

楽しい時とつまらない時の落差が激しい時ほど奴らは大きく声を上げ、私を絶望させる。

やめろ、やめてくれ。私はずっとダーツをしてカードゲームをしてプラモを作って格ゲーやって生きていたいんだ、働かせるだなんてそんな拷問、死ぬほど耐えられない。だが働かねば飯を食えない。飯を食えなければ死ぬしかあるまい。

 

働かねばならぬのだ。

せめて飯を食うにしても、カッコイイ仕事で飯が食べたかった。

 

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そんで?カッコイイ仕事って何よって話です。

今の話題で言えば例えば、大谷翔平。メジャーリーガー。うん、カッコイイ。

飛行機のパイロットとか?カッコイイ。

あとはね、官房長官。何やってるのか知らないけど、言葉の響きがいい。カンボーチョーカン、カッコイイ。

DJもカッコイイしモーションアクターもカッコイイ。バイク屋もカッコイイし花屋もカッコイイ。

 

単に他人が憧れるものがカッコイイのか?

誰にもできないことが仕事にできるのがカッコイイのか?

 

 

まぁ、どんな仕事だろうが、

少なくとも介護士よりはカッコイイ。介護は給料も安いし、高齢者からの暴言暴力は当たり前だし、キツイし汚いし、それでも笑顔で敬語……。かっこよさのかけらもない。悲しいなあ。

少年時代の私が夢見た「カッコイイ仕事に勤める」ってなんだったんだろう。

 

いや、わかっている。わかっているとも。

これが現実だ。私の分相応、というものなのだろう。

 

 

 

 

私は飯を食うために仕事をしてるのだ。カッコをつけるために仕事をしてるわけではない。こんなことを論じても、無駄だ。寝よう。

オシャンティス

私は自分の格好や着る服に特にこだわりを持つタイプではない。

しまむらだろうがユニクロだろうが、イオンのよくわからん服だろうが、家にあれば適当に服を着る。

 

あの服がカッコええから買いに行こう、なんて思ったことは今までもこれからも、おそらくないと思う。

 

私の専門学校時代の友人に、蝶ネクタイやサルエルパンツをはきこなすような超オシャンティーな男がいたが、影響をうけるようなことは全くなかった。彼は今何をしているだろうか。

 

 

つい最近。

オシャレ、という言葉から遠くかけ離れた処で生きている私も、ついにオシャンティスの階段を登るべく始めたことがある。

 

ダーツだ。

 

 

 

格好に気を使うようなそういうオシャンティスでは無い。だが、ダーツめっちゃ強い人ってかっこええよな。

ボロボロのスニーカー、擦れたジーンズ、わけのわからないTシャツ。冴えないやつだと思いきや、めっちゃダーツが強い。

なぁ、かっこええよな。

 

ダーツの修行をはじめて早くも3ヶ月。順当に私は強くなってきている。ドラゴンボールで言うと、初期のヤムチャぐらい。

どれぐらいオシャレかを表す数字、オシャンティ数だと20ぐらい。ちなみに蝶ネクタイの似合う男は53万だ。

 

こないだは師匠であるニカイドーさんに501で勝つことができた。日々の素振りとイメトレの成果といえよう。

 

このままダーツが強くなり続ければ、私のオシャンティ数も上がっていくに違いない。オシャンティーなダーツバーでオシャンティスなフランス人とデュエルに勤しむに違いない。

 

 

まぁ、妄想もほどほどにして、1つ質問なんだが。

オシャンティスって何?