悩みの日記。記すは発見。残すは苦悩。

日々の悩みや発見を書き起こし、問題解決の糸口を探る為の日記。

強盗のイメージ

 

みなさん、強盗さんに会ったことあります?

私はない。私は決して強盗に憧れているわけではないし、強盗になりたいわけでもない。

 

でも強盗っていいなって思う時がある。

 

強盗って働かなくても強盗が成功するたびに私の労働一ヶ月分以上の金が手に入るわけじゃん。

しかも強盗にかかるコストはほぼゼロときた。

 

そもそも強盗する人ってすごいよね。

まず勇気がすごい。なんでその勇気を強盗に使っちゃうかなぁ、ってぐらい勇気に溢れてる。アンパンマンもびっくり。

 

あと行動力が凄い。行動力の鬼だよ。鬼。

その行動力を活かせば起業でもできるのではないかと思うが、いかんせん金が無いからね。大変だね。

 

思考の過程が短いのも素晴らしい。よし、金が無いから強盗でもするか!っていう超短絡的思考。手品とか見せたらすぐ信じちゃう。超能力者だぁ!って具合に。

 

 

 

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強盗に会ったことが無いから物凄く勝手なイメージだけど、やっぱり強盗ってコミカルなイメージがある。

強盗するひとがアホだという前提で考えてるからかな。漫才のネタにされやすいとも思う。

 

入店してナイフ見せて、一言「金を出せ」

ドル札とかで金出したらどんな反応するんだろうか。やっぱり刺すのかな。

大量の一円玉で強盗に対応したら面白そうだなぁ。やっぱり刺されるよね。

 

 

 

 

 

強盗に会ってみたいなぁ。ナイフで刺されて、あわよくば仕事を休みたいなぁ。

ダメか。

 

事故。

報告。

西道路で事故った。

あー仕事行きたくねぇなぁ〜〜〜…

とか思いながら、ヘルメットについた雨粒を手で拭うと、目の前に車が現れた。

 

否。現れたのではなく、停車していたのだ。

 

私は咄嗟にブレーキを握った。

しかし、停車しきれずにぶつかった。

原付は左側に倒れ、私の左足をサンドイッチ。

痛い。

 

その後の話は割愛。

 

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さて、私の家にはカレンダーが無い。

なぜ無いのかと言われればスマホで事足りるからだ。それに朝は必ずニュースを見るから日付はわかる。そもそも日付や曜日は私にとって重要なものではない。翌日の勤務が何番なのかがわかればそれで構わない。

 

しかし、今日に限って言えば日付と曜日は非常に重要であった。

 

13日であることはわかっていたのだ。しかし、今日が金曜日だとは思っていなかった。

事故って数時間後に「なんで事故ったんだっけ」とか思っていたら、壁に掛けられたカレンダーが目に入った。

 

13日の金曜日

 

私は敬虔なるキリスト教ではないし、ジェイソンの映画も見たことは無いが、やはり多くの人が13日の金曜日を「不吉だ」と言えば不吉に思えてくる。

 

事故の原因はコレか。信心深く無い私でも不吉な日であるなら事故を引き起こしても仕方ない。相手方の人の良さそうなおじ様には悪いが、1番悪いのは13日の金曜日なのだ。許してくれ。

 

 

同じ金曜日でも「25日の金曜日」の舞い上がり方をジェイソンも見習った方がいいと思う。

13日の金曜日に森の奥のペンションに現れる殺人鬼ジェイソンよりも25日の金曜日に駅近くの呑み屋街に現れる殺人鬼ジェイソンの方が数億倍怖いと思う。

 

ちなみに私が今1番怖いのは事故の際にぶつかってしまった相手の車の修理代である。2cm×2cm程度の擦り傷だが、一体おいくら万円になるのやら。

 

完璧・糞話術講座

話術の話をしよう。

面白いトークや場を盛り上げ話術は今日の社会において必須技能であることは疑う余地は無く、酒を飲むだけの飲み会や、会話したことの無い同僚の存在する職場などは旧世紀の腐敗した遺産といってもいい。

人類の叡智の結晶常に生まれ続け、広辞苑を分厚くし続ける「言葉」とそれによる「会話」である。

今日は私が友達35億人と恋人35億人を手に入れることができた話術を皆様に教えたいと思う。

 

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私は前の職場の上司に耳にタコができるほど言われたことがある。

「人間は自分にとって都合の良い言葉しか聞かない」

数ある真実のうちの1つだと、彼は断言した。

私は哲学者でも数学者でもコナンくんでもないので真実がいくつあるのか知らないし、その中に上記した言葉が含まれるのかを私は知らない。しかし、彼の言った言葉がゴシップ雑誌の表紙の見出しよりも真実に近い位置に存在する言葉だと、私は理解している。

 

似たような言葉を探すのであれば

相手に聞かせる話、という言葉をコンビニに並ぶ自己啓発本で見たことがある。

相手に自分の言いたい内容をわかりやすく伝える為には、というhow-to本であったが内容があまりにもスッカラカンであった。手にとって中身を少し立ち読みして、そのままゴミ箱へぶちこんだ。スッカラカンな本の内容をたった一言で表すとすれば「話に興味を持たせろ」であった。

 

興味関心を引く話。それはつまり他人にとって都合の良い言葉である。イコールで結ばれないにしても限りなく同じと言える内容であり、例えるなら一卵性双生児みたいな言葉の綾だ。

悲しいことに、多くの場面において話を聞き流される私にとってこれほどハードルの高い話術講座は無い。私は超能力者ではないので、その時その場面で相手の興味のある都合の良い言葉が思い浮かんで来ることは今まで無かったし、これからも無い。

 

例えば、警察に捕まりたい男がいたとして、その男が私の家に強盗に入る。男は警察に捕まりたいので通報される必要がある。しかしそれを知らない私は命惜しさに、相手にとって都合の良い言葉を吐こうと一生懸命に無い知恵を振り絞り一言。

「警察には通報しないので命だけはどうかお助け下さい」

ナイフでぶすり、即・死亡である。

 

人類の培ってきた言葉というコミュニケーションツールは非常に不便である。心のATフィールドなんぞいつまでたっても破れぬままである。

 

命惜しさに命を落とすという危機を回避する為には、やはり相手の目的を知る必要がある。

「貴様…目的はなんだ!」

これを一言だけいうことができれば済む話である。あとは相手の目的に沿った相手の都合の良い返答をするだけである。友達は倍増、恋人はわんさか出来るし、もちろん170cmを超えない背丈も翌日には10メートルを軽く超える。

 

「貴様…目的はなんだ!」

「強盗事件を引き起こし、警察に捕まることで冤罪で豚箱にぶちこまれたアニキを助けるのさ」

「感動させるじゃねぇか、協力するぜ」

私の深夜の妄想はとどまることを知らない。

 

さて。1つ注意してほしいことがある。

この話術には欠点がある。返答の際、相手に都合の良い言葉を吐こうと必死になるあまりに嘘をついてしまう可能性が高い。飲み会の席などで他人の興味関心を引くめっちゃ面白い話をしてもそれが嘘ならば誇大妄想の法螺吹き野郎という烙印を押されてしまう。

 

もちろん完璧な対策は練ってある。

※あくまで個人の感想です

※画像はイメージです

…コレだ!素晴らしい!ビューティフル!

どんな嘘もうやむやにしてしまう曖昧さ!

私とあなたを他人だという位置づけの元に行われる圧倒的すぎる誤差(エキサイティング翻訳)

※用量用法を守り使用の際は医師にご相談ください

おおっ!これもなかなかじゃないか!何が何だかわからないが、医師に相談しとけばなんとかなる!

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

嘘を嘘と認めるというドンデン返し。まさに開き直り。

 

これをするだけで友達35億人、恋人35億人である。もう感無量。身長も58メートル伸びました!

 

 

 

このクソみたいな記事を読んだ皆様に1つだけ言わなければならないことがある。

※当話術講座はフィクションです。実在の人物・団体などとは一切関係ありません。また、職場・学校・交友関係においてこの話術を使用された場合に被る被害に対する補填・補償は一切承っておりませんのでご了承ください。

 

 

 

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昨日書いて今読み返したこの記事。

深夜のテンションで書くブログは、気が狂ってると思った。

文才が無い

私には、クソガキの頃から確信して一度も疑ったことが無いことがある。

それは「サンタクロースは存在しない」ということ。もう1つは「自分には才能が無い」ことだ。

 

登時小学生だった私は国語の授業で担任の丸山先生に「独創的な考え方の持ち主」と言われ、意味も考えずにつけあがった。

自分がズバ抜けた平均的でない何かを持って生きているのだと信じて疑わなかった。

しかし、その何かは才能ではなかった。

 

 

漫画も小説もゲームも、どれを取っても人が作ったものであり、やはりそこには限界がある。

何かを生み出すには、自分の人生で得てきた何かを削って絞って捻り出して生み出す必要がある。そこに何かをプラスα加えるとしたら、それはその人の悍ましい妄想であろう。

 

そうした様々な人々の努力の結晶を私は「つまらん」とか「そこでそのキャラ死ぬ!?普通そこ死ぬか!?」であったり「納得できねぇ」とか言いながら批評し罵倒し詰り倒す。挙句の果てには読まなくなる。

 

私は言うのだ「なんかおもしれぇ小説とか漫画とかゲームはねぇの?」

無い。そんな底なしの理想を押し付けて粗探しするのに、そんなものある訳がない。

 

…なら自分で作ればいいじゃないか。

もう1人の僕がそう言った気がした。

その日のうちに小説投稿サイトのアカウントを作り、iPhoneのメモ帳に小説を書き始めた。それもSFファンタジーを。

 

はっきり言おう。糞だった。身を削って、頭を絞って、捻り出した私のソレは糞以外の何物でも無かった。内容物を表記するなら100%濃縮還元の妄想。中二病の俺TUEEE作品が許されるのは中学生までだ。

読み返す度に自殺を考えるほど深刻な黒歴史の出来上がりであった。(しかもそれを友人2人に見せ、感想まで求めるという愚行を果たした。乳首打首晒し首である。)

 

黒歴史を3回ほど読み返して衝動的に超高層ビルの屋上から飛び降りてから改めて思った。文才が、無い。文を書く才能が無い。

才能とは弛まぬ努力してはじめて開花するものだと誰かが言った。きっとそれは本当なのだろう。

…だが私には「弛まぬ努力をする才能」が無い。私にとって才能という言葉はサンタクロースの延長線上にある。想像上では実在する存在。現実世界には影を落とさない虚数のようなものである。

 

文才の無い私が、このブログを書き始めてもう10ヶ月ぐらい経つ。日記をつけ始めて相当な時間が経ってしまった。継続は力なり、とかほざいた糞野郎がどっかにいるらしいが10ヶ月ぐらいじゃ、継続の内に入らないのか文才を会得することは出来ないようだ。

このブログの日記も、可能な限り読み返さないようにしている。文才の無さが滲み出てきてじっとりと嫌な汗をかくからだ。悩みに即したくだらないオチを必死に考えてスマホをバコバコ打ち込む自分の姿を俯瞰したとき、おそらくその人間はその瞬間死ぬ。そういう意味では私は心の中でもう何度も超高層ビルから飛び降りている。

 

 

 

こんな文章を書きながら、たった今ズボンを下げてトイレに座った。悩みが一瞬で吹き飛んだ。文才がどうとかどうでもよかった。

それよりも大きく恐ろしい問題が目の前に現れたからだ。

 

紙がない。

 

 

 

 

最近のゲーム

私がプレステ4を買ってからかなりの時間が経った。

やったゲームはブレイブルーCF、ラチェット&クランク、ニーアオートマタ、FF15ドラクエ11、SAOホロウなんとかの6つだ。

残念ながら、どのゲームも満足度のあるボリュームとは言えなかった。

なぜならオンライン環境を整えていないからである。

 

ネット環境があればブレイブルーならネットで対戦ができるし、FFとニーアならダウンロードコンテンツでもっと楽しめたと思う。

どのような内容なのか。それを実況動画などで賄ってしまった。

 

ネット環境を整えないのは単純に惰性だ。そのうちやろう、と思ってたらアパートを引っ越さなければならない事案が出てきた。まだ具体的でも現実的でもないけども。

 

話の本題はこれから。

プレステ2の頃とかそれより前のゲームってもっとやり込みゲー多くなかったか?そう思うのは私だけだろうか。

 

 

私が生まれてから約5年。発売と同時に、我が家にもプレステ2が同然のように鎮座していた。DVDの再生機能もあるということで、それまでお世話になったビデオデッキと入れ替わる形で出現した黒い箱は瞬く間に我が家の主役になった(ような記憶がある気がする)

 

当時小学生1年生だった私はスーパーファミコンの「ミッキーとミニーのマジカルアドベンチャー2」と「不思議なダンジョン2 風来のシレン」に大ハマりしていた。ドットで描かれたポップなキャラがより「ゲームらしさ」を醸し出していた。

 

しかし父のプレイする鬼武者を見た時である。

衝撃。リアルな形の人間(左馬之介)がリアルなゾンビ(幻魔)をバッサバッサと斬りふせるのだ。実写じゃねぇか…!幼い私にとってプレステ2はDVD再生機能の有無に関わらず、より現実味のある「リアルさ」を体現するものだった。

 

あれから約17年たつ。今のゲームは恐ろしいほどの進化を遂げた。フルボイスは当たり前、細かく作られたキャラクター、リアルな動き。ゲーム内の風景なんかは写真で見せられたら現実的と大差ない、下手したらゲーム内の方が綺麗かもしれない。当時のそれとはまるで何もかも違う。虚構が虚構で無くなってきている。

 

しかし、ゲームとしての本質は変わらない。グラフィックの良さ、システムだ操作性だ、といったものは格段に良くなったが、肝心の「いかに長く楽しく遊べるか」が今ひとつ足りない気がする。

 

それはスーパーファミコンとかプレステ2とか、王道な良ゲーばかりやってきた私にとって、ものすごく重要なことだ。

 

スーパーファミコンで1番長く遊んだのはロマンシング・サガ3。8人の主人公によってエディングが変わり、どの仲間を入れるのかとか、自由度がひたすら高いRPGだった。2番目に遊んだのはバハムートラグーンか。

プレ2なら、1番長くやったのはロマンシングサガミンストレルソングドラクエ8FF10もかなり。

 

そもそも私はゲーマーではない。ゲームは好きだが、おそらく無くても生きていける。故に最新作とかいう文字を見てもあまりときめかない。みんなが褒める誰がやっても楽しいゲームが好き。ミーハーと言ってくれて構わない。

 

だからこそが故に思う。最近のゲームはグラフィックばかりだ、と。

 

その最たる例がFF15だった。FF5の時のような多岐にわたるジョブシステムにワクワクする感じとか、FF10のようなどこまでも強くなれる感が、無い。ストーリーはプレイヤーを置いてけぼりに、キャラの魅力も控えめに言ってただのホスト、バグはてんこ盛りで、グラフィックだけが良い。

 

べつに私はグラフィックは求めていない。ゲームとしての楽しさとか、魅力的なキャラとか、そうゆうのだ。求めてるのは。

 

ドラクエ11も楽しかったが不満が残った。内容は良かったし戦闘も楽しかった。だが、微妙に、そう、足りない。すごく簡単すぎて、円満にまとめられすぎて、御都合主義すぎる。ドラクエ7みたいな、一種の楽しい回りくどさがまるで無い。ダンジョンもご親切にミニマップまでついてて謎解き要素がまるでない。ヌルゲー。

 

…。批判がしたいんじゃないんだ。もう少しやりこむ余地があってもいんじゃね、って言ってんだ。

 

テイルズみたいな周回で引き継ぎ要素がどんどん増えるとか、メタルギアみたいに攻略方法が沢山ありすぎるとか、クラッシュバンディクーみたいにコンプリート要素が隠しステージにつながるとか、な。

そういうのが欲しい。

 

 

 

グラフィックはどうでもいい。ドットで描かれたキャラが主で構わない。

 ストーリー長めでいくらでも強くなる余地があって、クリア後もずっと遊べるような……

 

ん?

それってもしかしてネトゲか…?

 

ネット環境がないです!!

チキショウ!!

 

 

〈完〉

それでも。

風邪をひいて5日過ぎた。効いてるのかどうかわからない薬を飲むと、やっぱりというか吐き出したくなる衝動に駆られる。飲みづらいのだ。

 

私はここ最近喉が痛い。鼻水は出るしくしゃみも出る。熱は高く無いが体はホカホカ、汗が出る。今日職場で測ったら37.2度だった。うん、高くない。

 

上司が数日前に職場へと持ち込んだ風邪は猛威を振るっている。現在進行形でだ。

利用者、職員問わず、皆が一様にティッシュボックスを求めて彷徨い歩く姿はバイオハザードのゾンビのそれだった。

 

今晩も夕食を軽く済ませてから寝床に潜り込んだが、鼻水の洪水で窒息しそうで寝られない。

 

それでも明日は仕事だし、私は鼻をズバズビブビブシャアしながら出勤する。

 

多分、余程のことがない限り出勤する。

実家が火事になるとか、吾妻山が噴火するとかしないかぎり、おそらく出勤する。

地震とかなんかじゃ多分欠勤は出来ない。

それぐらい、今、私が働いてる場所は人がいない。8時間パートの人のいいおばちゃんが足腰を痛めたらしい。それがすごく響いてる。

もちろん、風邪ぐらいじゃ休めない。戻らないコンディションに対して言い訳するわけじゃないけどさ、そりゃそうだよね。

 

 

 

 

驚愕。

文句を垂れながら異動して早くも30日がたつ。

私が垂れ流し続ける文句の質も大分クリーンな内容になり過激な言葉は減ったと思う。

異動になったことや、新しい職場の労働環境の悪さも、改めて言葉にしようとすると割とありきたりでそんな奴どこにでもいると思えるようなことばかりだったから、私はしばらく愚痴の類は慎もうと思う。

 

さて、新しい職場になって明日で一ヶ月。

今日の遅番は約2時間の残業ですんだ。

帰る間際に、同じ年齢の好感度高めの女性職員に言われた。

 

 

「あれ、前もメガネしてましたっけ」

 

 

……!?!!??

なんだと…?

一ヶ月近く、それも二日に一回のペースで顔を合わせながら今更…それ!?

えぇ!?マジで!?ナンテコッタ!?メガネ!?

 

私はそこらへんの野郎に比べて悪い意味で特徴的な顔をしていると思うし、メガネが印象的と言わないまでも少なくともメガネをかけていることは記憶に残るものだと思っていたが…。

 

メガネをかけていないと思われていた…?

それとも顔を直視されていなかった…??

いやそれとも顔面が記憶に残らない程の存在であったということの遠回しな示唆???

なぜメガネをかけていないと思われていたのかがひたすら不明。驚愕の後、困惑である。

わけがわからないよ…。

 

ーーーーー。

 

以前、それも高校の時だ。メガネをかけ始めてから言われたことがある言葉。

「お前はメガネを外すとインテリ度がさがるな。素顔はアホっぽいからメガネかけとけ」

メガネで見た目の頭の良さ「インテリ度」が上がるとは思えなかったが、鏡に向かってメガネをつけ外ししてインテリ度の存在が実証されてからは割と気にしていた。

 

そうか、私はメガネを外すとアホっぽく見えるのか。そう言って寝る時と風呂に入るとき以外は四六時中メガネをかけてクイッとやってた。

メガネが私のインテリ度を上げるマストアイテムだと信じてやまなかった。

 

ーーーーー。

 

しかし、その幻想は打ち砕かれた。

メガネをかけて「インテリ度たけぇぞアピ」をし続けてもなお「メガネしてましたっけ」の言葉の前には豆腐にも劣る脆弱さを露見したのだった。

 

私のここ数年のメガネスチャァは意味がなかったと言うのか。少なくともメガネという存在を認識していなかった彼女の前には意味のないアピールであったことには違いない。

 

 

 

こんな時間にブログにこんなことを書いてもわからないことはわからないし、メガネをかけてもインテリ度は上がらない。私は今更そんなことに気づいたのだった。