悩みの日記。記すは発見。残すは苦悩。

日々の悩みや発見を書き起こし、問題解決の糸口を探る為の日記。

仏モード

9月になってしまった。

8月の夏祭りではそれとなくヨサコイを踊り終え、普段と変わらぬ愛すべき殺伐とした日常が帰ってきたかのように思えた。

 

うふふ。嘘。忙しきことこの上なき。ゲロゲロリ。

研修、伝達講習会、委員会、行事、カンファ。

はい、死んだ。私のライフゼロ。御陀仏で仏様になってしまいました。

 

まぁそんなことはどうでもいい。

以前から幾度となく伝えてきたが、私の仕事は介護士だ。介護福祉士の資格は持っているが、資格の有無など些細な違いでしかないと思っているので、私は介護福祉士とは名乗らない。

 

ここ二ヶ月で私の働くユニットの環境が大きく変化した。部署の中堅であるMさんと副主任であるSさんが異動と産休で部署から離れていったのだ。ユニットにおける精神的支柱であった彼らが抜けたことによる影響は大きく、皆ストレスと忙しさで文字通りの満身創痍である。

 

抜けていった彼らの代わりに来たのが妊婦であるYさんと、主任のTさん。この二人がやはりというべきか、ユニットの職員とズレがある。

 

ズレ、と言っても慣れない中でのズレであり、 それが今後どう作用していくのかは私にはわからない。職員同士のヘイト管理は私の仕事ではないので、今は大人しくTさんに任せるしかない。

 

とは言っても現実問題ユニットの雰囲気は最悪で、仕事ができない奴が新人を罵り、ベテランのパートが愚痴を振りまき、リーダーと来たばかり主任は職員感情を把握するので精一杯で何もできていない。

 

私自身はというと愚痴を聞いたり、愚痴を聞いたり、愚痴を聞いたり、と…うーん愚痴しか聞いてねぇなコレ。

 

あはは、どうにもなんねぇや。

 

ーーーーーー。

 

飴と鞭、という言葉がある。

帝国時代のドイツの宰相、ビスマルクの政策を指す言葉だが、慣用句として今もよく使われている。

まぁ大雑把に言えば、しつけなどにおいて甘やかしたり厳しくしたりして支配する、という意味。まんまだな。

 

 

 

私にはつい最近決意したことがある。

それは「優しい人間になろう」である。

雑な目標である。これには明確な目的があり、その目的とは「楽に働く」ことにある。この決意までたどり着くにはいくつかの経緯があり、それには上記の職員同士の問題も含まれている。いろいろあったんです。いろいろ。

 

まぁ、なんていうかな。やっぱりいくら仕事ができても他人に優しくできない人間ってクソだなって思うことがありまして。

ーー愚痴は割愛。

 

実際、どのようにして優しい人間という曖昧なモノになるのかと言えば、それは極々単純に「アメになる」ことだ。飴と鞭の、アメになる。

認めて、許す。そして責めない。それを実践するだけ。

 

もちろん舐められるわけにはいかないので(舐められてもいいとは思っていても)自分のやるべきことはやりますよ、ええ。もちろん。

 

まぁ9月を仏モードで乗り越えた後にこの目標の反省なんかを自分でしようかなとか思ってます。