悩みの日記。記すは発見。残すは苦悩。

日々の悩みや発見を書き起こし、問題解決の糸口を探る為の日記。

劣等感よ、ようこそ。

ようこそ、劣等感。

そう言って私は今日もタバコに火をつける。

 

物心がつくころには他者から点数をつけられ、常に誰かと比べられながら生きてきた。

テストの点数、走る速さ、身長。私はどの時代の同級生にも勝てる要素はなかった。

家の中でもそれは続き、上と下の兄妹を比べて誰がどうのと言われ続けた。

 

先生はテストの点数ではなく、努力しようとする意志が大切だと言った。

しかしテストの点数が悪いといつも決まって父親は怒り狂い、私の大切なものを壊そうと暴れた。大切なのは努力しようとする意志なのではないか、私は努力してこの点数だったのだぞ、そうは言えなかった。殴られるからだ。

 

 

社会人になり他者から明確な点数をつけられなくなった後もそれは続いた。

目に見えない評価というものは恐怖でしかなかった。私は失敗をする度に次でクビになるかもしれないと思うようになった。目に見えない評価を落とさないよう、意味のないサービス残業をした。無意味に仕事に対して意欲的な言動をやってみさた。評価は上がらなかった。

今思えば、周りの人ができて当たり前のことにすら追いつけていなかったからなのだ。

 

自分の評価を上げて可視化しようという取り組みを私は辞めた。評価なんていう曖昧なものに縛られるのはごめんだ、どうせ不透明なのだ、適当にやろう。努力する意志と義務を私は放棄した。

1年という期間で私は著しく評価を落としたらしい。異動になった。

 

異動先では苦痛しかなかった。1ヶ月すら経っていないのに、この職場に馴染むことはできないと私には理解できた。前の職場と今の職場を比べた話の仕方をされ続けて嫌になった。新人よりも仕事ができない私の現状を誰もが疎ましく思っているのでは無いか、そう思うと明日仕事に行くことが怖くて堪らない。気が狂いそうだ。

 

 

気がつくと、

幼少期からの何にでも点数をつけて比べる習慣は、自己採点して他者と比べながらでないと生きられない呪いになっていた。

 

あいつよりは仕事ができる、奴には勝てない、あいつよりも給料はいい、あいつは稼いでるからどうの、大学を出てるからどうの、やれ高卒だ、同じ歳なのに結婚してるからどうの、etc.

 

 

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今日は1時間半の残業をした。残業申請書など、どこにあるのかもわからない。

昨日すき家で牛丼を食べたから別のものにしよう。マックかな。へとへとで原付に跨るとやけに空気が冷たかった。もう夏は終わったのだ。

 

マックに着くと私のような底辺臭いオッサンと女性のグループが数個、疲れ切った顔のサラリーマンらしきスーツ男。

隣のケバい女のグループは誕生日の話で盛り上がってた。今年23歳ならしい。

 

口には出さずに死ねと言った。気分は晴れない。

 

女の1人は年上の旦那が養ってくれるから働いていないらしい。私のことも養ってくれよ。

 

明確な判断基準はないが、無意味に負けを悟った。こんなケバい金髪の女にも、愛すべき家族がいる。

大きなため息をついて店を出た。

 

家に帰ってからタバコに火をつける。ナイーブな気分どこの話ではない。もしも今、目の前に安楽死できる薬があったとしたら躊躇せずに飲み込むだろう。しかしそんな薬は無い。

 

見も知らぬ他人と自分比べるなど、馬鹿馬鹿しくて何よりだ。この文章を書きながら涙がでてきた。

この先、

どうしようもなく劣等感を抱いて、これからも生きて行くのだろうか。

どこかで区切りをつけて比べることを辞められるのだろうか。

 

きっとこんな日記の内容を職場の人が見たら心配するのだろう。そして上から目線で言うのだ。何か悩み事かい、話聞くよ?

うるせぇ。親身になる振りして私を嘲笑ってるのだろう。わかってんだ、クソが。

そんな社交辞令じみた安易な言葉を私に吐かないでくれ。さもなくば殺す。

 

明日も仕事。

吸い終わったタバコを灰皿に押し付けて、今日も底辺介護職の一日が終わる