悩みの日記。記すは発見。残すは苦悩。

日々の悩みや発見を書き起こし、問題解決の糸口を探る為の日記。

憤り、悲しみ、そして死ぬ

人間という種族が生まれてから6000万年。

紀元として記録が残るのが2000年。

産業革命に始まり、ネット社会の黎明。

 

現代までの社会、いつの時代にも労働があり、文化があり、その文化の根底にあるのは風土と感情だ。

 

我々はなぜ感情を持っているのか。

なぜ感情という機能を獲得しなければならなかったのか。

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私は今、悩んでいる。異動してからというものの全くといっていいほど効率的な働き方ができていない。能率自体に問題があるのはともかくとして、歯車の噛み合わないような不自然な感覚が私の周囲を漂っている。悩みとは働き方のことではない。うまくいかないストレスが全くの発散できていないことだ。

 

 

イライラしている。と同時に深く嘆き悲しんでいる。

己自身の弱さと、この職場の環境の悪さに。 

 あれがこうならいいのに、私がもっとデキル奴なら良かったのに。

無意味。非生産的。

このイライラも悲しみも、人間としての機能があるから感じているものなのだろう。

前の職場では上司に「仕事に感情は必要ない」と言われた。やる気があろうとなかろうと、やることはやる。

 

機嫌も悪い、職場にも慣れない、親しい人もいなければ、話す人もいない。そんな中で、やる気がなくてもやらなければならない。不可能だ。

やる気ゲージに回復の兆しが全く見えない。

あとどれぐらいこれが続くのか。

もしかして死ぬまで続くのか。

働き続ける限り、憤り、悲しみ、仕事を辞めて死ぬ。

 

人間よ、感情を獲得したのは正しかったのか。

私にはわからない。この辛さが続くのなら、わからない。

あぁ。死にたい。