悩みの日記。記すは発見。残すは苦悩。

日々の悩みや発見を書き起こし、問題解決の糸口を探る為の日記。

カタチと個性の話

やぁ。自称ミスターアブノーマルな凡人こと伊藤だよ。

最近の悩み?う〜〜ん…。

「個性がない」ことが悩みかな。

 

 

我々人間はしばしばカタチに囚われてその本質を見失う。

見た目や匂いに騙され、手にとってから騙されたと気づくのは まだいい。

騙され続けて自分が何をしているのかわからなくなる人がいることを常々悲しく思う。

そしてこの記事は無個性に悩む偽個性達へのメッセージだ。

 

こないだの話だ。

私の職場に、とあるラーメン屋のチラシが入った。新聞に挟まっていた他愛ないチラシ。

私はそのラーメン屋を「見た目は良いが、まずいラーメン屋」として認識していた。

量は多く、麺は太く、味は濃く、ヤサイマシマシアブラカタブラ、食べづらい。唯一評価できるのは店内が割と綺麗だったこと。

(そうゆうラーメンが好きな人もいるだろう。しかし誘われてももう一度行く気にはならない味だった。)

 

チラシの話だ。

私の部署の人間はそのチラシを見て自分に都合の良い妄想をし始めたのだ。

叉焼が大きい、とか

ボリュームがあって美味しそう、とか

この値段なら毎日通っても良さそう、とか。

 

 

また貴様ら。愚鈍で哀れなヒューマンよ。

そのラーメンはまずい。はっきり言っておく。そのラーメンは地雷だ。

見た目に惑わされるな。それも薄っぺらいチラシなんぞに。

私だって思った。食べる前、目の前に置かれたラーメンも美味しそうだったさ!そりゃそうだ、見た目が不味そうなラーメンを出す筈も無いだろう。

 

だがそのラーメンはまずい。

ヒトツキコウ。

そのラーメンの本質はどこにある?

哲学的で知的で馬鹿な問いだろう。

私が思うに

一言で言うならそれは「うまさ」だろう。

腹を満たしたいだけなら別の何かでもいいはずだ。しかしラーメンを求めるにはラーメンを求める何かがあるのだろう。ラーメンだったら、これがいい、と言うほどの何か個性的なアレがあるのだろう。

それは人によってそれぞれかもしれない。例えるなら味の良さを求める私と、値段のリーズナブルさを求めるF氏と、インスタグラムにアップするラーメンの写真の見た目の良さを求めるY氏のような、それぞれのラーメンに対するニーズの違いがある。

 

ニーズの、違い。

ニーズの違いは無駄な軋轢を生む。

例えば、

漫画「ゆらぎ荘の幽奈さん」にストーリー性を求める人間とエロを求める人間ではその漫画を語る際に評価する点が違う。同じ「ゆらぎ荘の幽奈さん」ファンであってもだ。

論点の違いは仲違いを起こし、家族を巻き込み、地域を巻き込み、最終的には国家戦争。核戦争の果てにあるのは人類の破滅である。

キャラクターに対してもニーズの違いがある。妹に萌える人もいればボインのお姉さんが好きな奴だっている。妹萌え姉萌えで戦争が起こるぐらいには、価値観の違いは顕著だ。

 

十人十色。ならば百人百色か?千人なら千色なのか?人ならば価値観や特徴の違いが必ずあることを皆知っている。強制理解と言わんばかりに、小学校から高校まで個性個性個セイコセイと言われ続けた我々は、どこかでキャラ付に必死なのかもしれない。漫画だってキャラクター性という言葉に雁字搦めにされてカタチばかり違う似たようなキャラが跋扈している。

 

人と違うことは素晴らしいこと、そう言わんばかりにアブノーマルを推奨しようとする。

 

だがちょっと待ってほしい。

社会人でアブノーマルな奴、見たことある?

少なくとも私は無い。ちょっと(頭が)変な人とかは見たことあるけれど、それも常識の範囲内だった。

ピンクの髪の毛の奴とか、胸に北斗七星の傷跡がある奴とか、右手が何らかの呪いがかかってたりドリルの奴とか、吸血鬼のハーフとか全身ゴムでできてる奴とか、そんなアブノーマルな奴、見たことがない……!!皆無!

 

そう。我々は生まれながらにして無個性。見た目がすこーし、それも誤差の範囲内で違うだけ。性格とか言動とかとっても全くの無個性。みんな同じように寝て起きて飯を食べて排泄をする模範的な人間…!

 

 

ここで1つ。見た目やカタチに囚われない決定的な個性を1つ紹介したい。

髪をピンクにする必要もないし、右手をドリルにする必要もない。そう、それは…

「必殺技」だ!

 

 

無個性なのに自分を個性的だと錯覚している偽個性の皆さん。自己紹介の時に言ってみよう。

「必殺技はアームドライバーです。」

 

…おお。なかなかいいじゃないか?出てる出てる!個性が滲み出てる!

 

うん!ドン引きだね!