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悩みの日記。記すは発見。残すは苦悩。

日々の悩みや発見を書き起こし、問題解決の糸口を探る為の日記。

己の恐怖だけは信じる。

 

私は普段の日時がある日突然壊れ去る事に対し並ならぬ恐怖を感じながら生きている。

原体験として東日本大震災があるのだが、それらをきっかけとした日常の崩壊への恐怖はここでは割愛させてもらおう。

 

 

日常の崩壊。

 

 

ある日、学校への道を遅刻しないよう走っていると道角を曲がった拍子に、パンを咥えて「遅刻遅刻〜!!」とか叫びながら走る美少女と激突する。そこからラヴロマンスへ……

なんていうのはベタだが空想の話であって、現実ではその美少女が車だったり、チンピラやヤ◯ザだったり恐ろしいものである。

 

私も原付で事故を起こしてからは割と道角や出会い頭の衝突が怖い。

道角恐怖症である。

まぁだからといって道角を曲がらないわけでも美少女とぶつかりたくないわけでもないが、日常が崩壊するのは避けたい。

病院に入院してタバコが吸えなくなるのは嫌だし、仕事に穴が開くのも嫌だし、それによって私の数少ない周囲の人々へ迷惑をかけるのも避けたい。日常の崩壊なんて言っているがいわば普通の生活が続けられればいいよねって話。

 

まぁそこで。

あの道角を曲がったらもしかしたら車とぶつかるかもしれない……といった種の恐怖があるわけだが、それを予知して怖がるのは人として己の身を守りための防衛機制の一つかもしれないな、と思うわけですよ。

何が言いたいのかというと

だから己の身を守るためにも己の恐怖を信じようってことだ。

 

 

 

 

 

私は今朝も上司にキレられた。殴られるかと思ったのだが殴られなかった。殴られてもおかしくないことはしたのだが。

怖かった。あぁ。怖かった。

ちゃんと仕事しなきゃだなぁ。はぁ。