悩みの日記。記すは発見。残すは苦悩。

日々の悩みや発見を書き起こし、問題解決の糸口を探る為の日記。

全ての人間が普通をやめれば、それが普通になる


問おう。

あなたは普通の人か?


その問いに対し、私だったらなんと答えるだろうか。私は自分を普通の人だと思っている。

そもそも普通の基準ってなによって話。



例えの話を挙げよう。

右利きの人って多いよね。周りも右利きの人だらけだ。

じゃあ右利きであることが普通なのか?

じゃあ左利きの人は普通ではないのか。

否。数が少ないだけで、異常であるとか特別であるわけではないだろう。


それがもし左足を使ってお箸を持ち、右肩にごはん茶碗を置いてごはんを食べますとか言うのであったら、それはもう疑いようのない特異であり、異常だろう。


ということは数の多さとか少なさとかが普通の基準では無いと言うことだろう。


では左利きであることと左足利き(暫定的な呼称)であることの差はなんだろうか。

左利きの人はいるだろう。数は少ないだろうが。

しかし左足利きの人は、会ったことはないし見たことも聞いたこともない。

それがあたりまえなのだろう。あり得る話だが、あり得るというその可能性を否定し、自らの見聞だけで「普通」は構成されるのだろう。


我々の思っている普通というものは案外見たものと聞いたとので決められる多数決なのかもしれない。


だったら、皆が普通をやめれば異常が多数なら、それが普通になるのだろう。

ある朝、目が覚めたら全てのひとが左足を使って食事をしていた……。

あなたは不思議に思い、なぜそんなことをしているのか問うが、人は答える。

「え?普通じゃないか。みんなやってるぜ」

と。


あなたは困惑するが、疑わない。それが普通だから。


たとえ明らかな異常が普通と認められても、やめようとは思わない。普通だから。


そう。全裸にネクタイの変態ファッションもみんなでやれば、それが普通。


私は今、留置所にいます。



〈BAD END〉


この記事はフィクションです。